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日文童话故事『彗星』

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日文童话故事『彗星』

そして彗星はやって来たのです。火のような核を輝かせ,尾っぽで威嚇して。
みな彗星を見ていました。りっぱな城からも,粗末な家からも,街の人々も,そして道のない荒野を行く孤独な旅人も,みなそれぞれの思いで彗星を見ていました。
「おいでよ。天の奇蹟を見においで。この雄大な姿を見に出ておいで!」人々は口々に言いながら,みな一目見ようと急ぎました。
しかしその部屋の中には,ひとりの幼い少年とその母親がまだ残っていました。
ろうそくの火が燃えていました。
あら,炎の中に燃え屑がある。母親は思いました。獣脂がピンと立ちそれから曲線を描きました。これはこの子がまもなく死ぬということだわ。母親は確信しました。燃え屑がこの子の方に向いたもの。
それは古い迷信でしたが,母親は信じていたのです。

この子は何年も生きて行かなくてはいけない。死ぬことなく彗星を見なくてはいけない。60年以上たってまた彗星を見なくてはいけない。
くだんの少年は炎の中の燃え屑は見ませんでした。そして生まれて初めて天から輝き落ちて来た彗星のことも考えていませんでした。少年はカップを前に座っていました。その中で石鹸水を掻き回せ小さな粘土のパイプの頭を浸し,それからパイプの軸を口にくわえ吹き,小さいけれどしっかりしたシャボン玉を作りました。シャボン玉はゆらゆらぷかぷか浮きました。きれいな色。金色から赤,紫,青と色を変え,日が透けて輝いたときには,木の葉のような緑色になりました。

「神様がお前にこの世の命を何年分もくださるように。何年も何年も,お前の吹いたシャボン玉のようにたくさん!」
「こんなにたくさん,こんなにたくさん!」少年は言いました。「いくら石鹸水があっても足りないや。」そして少年はまた一つ,また一つとシャボン玉を膨らませました。
「これは1年飛んでいく!これは1年飛んでいく。どこに行くのか見てごらん。」少年はシャボン玉が放たれて飛んでいくごとに言いました。2,3のシャボン玉は少年の目の中に入ってきました。それで目が火が付いたようにチクリとなって涙が出てきました。少年は,一つ一つのシャボン玉の中に未来の光景が輝き光っているのを見ました。
「彗星が見えますよ。」近所の人が大声で言いました。「出ていらっしゃい。家の中にいてはだめ!」
それで母親は少年の手を取りました。少年は粘土のパイプを置いて,シャボン玉といっしょに玩具をほったらかしにしなくてはいけませんでした。彗星が来ていたからです。
そして少年は見ました。光る尾をたずさえて輝く彗星の核を。長さが1.8メーターあると言う人もいれば60万メーターだと言う人もいました。人によって見方はそれぞれです。「子供たちも孫たちももう一度見るときは死んでいるだろうよ。」人々は言いました。

そんなことを言った人たちの多くは,また再び彗星が現れたときはもう死んでこの世にいませんでした。しかしあの小さな子どもは,「この子はもうじき死ぬわ!」と母親が信じたあの子供は,まだ生きていました。年をとり白髪になっていましたけれど。「白い髪は年齢の華」と諺は言います。すると彼はその華をたくさん持っていることになります。少年は今,老いた校長先生になっていました。
生徒たちは言いました。校長先生はとても物知りだ。何でも知っている。歴史も,地理も,そして宇宙に行けば何が見えるかも知っている。
「すべてはもう一度やって来るのです!」先生は言いました。「人間やできごとに注意を払えば,いつもすべてがもう一度やって来ることがわかります。違う服を着たり別の土地にひょっこりやって来たりするのです。」 それから先生はウィリアム?テルの話をしました。テルは息子の頭上のリンゴを射らなくてはいけなかったけれど,そうする前に悪いゲスラーに向かって射るために胸にもう1本矢を忍ばせていたのです。これはスイスの話でしたが,何年も経って同じことがデンマークでも起きました。パルナトーケはテルと同じように息子の頭上のリンゴを射落とさなくてはならなかったのですが復讐するために1本別の矢を忍ばせたのです。さらに何千年も遡ると,エジプトでも同じことが起きたと書かれています。同じことは起きるのです。彗星がすっと過ぎ去り,遠くに行ってまたやって来るように。
それから先生はこれから来ると思われている彗星,つまり子供のときに見た彗星のことを話しました。先生は天体のことを知っていたし考えてもみました。しかし歴史や地理についても忘れませんでした。
校長先生は校庭をデンマークの地図の形にしました。いろいろな地域の特産であるハーブや花がありました。「豆を取ってきなさい」と先生が言うと生徒はロラン島を表している花壇へ向かい,「ソバの実を取ってきなさい」と先生が言うとランゲラン島へ人は向かったのでした。美しい青いリンドウとヤチヤナギはスカーゲンの上に,輝いているヒイラギはシルケボルグの上にありました。町自体は台座によって表されていました。怪獣リンドワームを従える聖クヌードの像はオーデンセを表わしていました。牧杖を持つアブサロンの像はソローを表していました。櫓のある小船はオーフスの町であることを示していました。先生の庭からデンマークの地理がよく学ぶことができました。でもまず先生から教わるべきでした。とても楽しい授業でしたから。
今彗星がやって来るところでした。校長先生は彗星について話しました。前に彗星が来たとき当時の人々が言ったり推測したりしたことも話しました。「彗星の来る年は良いワインができる年です。」先生は言いました。「水でワインを薄めても見破られません。それでワイン業者は彗星の来る年が大好きですなんですよ。」
2週間の間,昼も夜も空は雲で覆われ,彗星は見えませんでした。しかし彗星は空にあったのです。
老いた校長先生は教室近くの小さな部屋に座っていました。先生の親の代からある大型の振り子時計が角にありました。重たい錘は上がりもしなければ下がりもせず,振り子は動いていませんでした。昔は扉から出て来て時を告げたカッコウ鳥も,閉まった扉の向こうで何年も静かにじっとしていました。そこではすべてが押し黙ってまま,静かでした。時計はもう動いていません。でも近くにあったピアノは,これもまた先生の親の代からあるのですが,まだ息をしていました。弦からは音が出ました。確かにちょっと雑な音ですが,人類が作ったすべてのメロディを奏でることができました。
その老人はたくさんのことを,楽しいことも悲しいことも,小さいときに彗星を見たときから今再びその彗星が現れるときまでの,何年ものあいだのことを思い浮かべていました。母親が炎の中に燃え屑について言ったことも膨らましたあの楽しいシャボン玉のことも思い出していました。一つ一つのシャボン玉は人生の歳月だ,と先生は言ったことがあります。なんて輝いていることか,なんて美しく色がはじけていることか。先生はシャボン玉の中にすべての喜びを見ました。子供の遊びも若者の欲望も,太陽の光の中で大きく広がっているすべての世界。先生はその世界へ飛び出たかったのです。それは『未来のシャボン玉』でした。 ピアノの弦から昔のメロディを感じました。追憶の色の輝きのある『思い出のシャボン玉』。ピアノはおばあさんが編物をしているときのこんな歌を奏でました。 確かにアマゾネスの誰一人
初めて靴下編む者なし。 ピアノは先生が子供のときに乳母が歌ってくれた歌を奏でました。 とてもたくさん危ないことが この世にあるのです。 年端のいかない者や 世間知らずには。 最初の舞踏会のあのメロディ,メニュエットやモリナスキ(2/4拍子の舞踏曲。フランス語の「粉引き」が語源)が聞こえました。そして次に聞こえてきたのは優しくメランコリーな調べ。老人の目に涙が浮かびました。そして戦争マーチが鳴り響き,今度は聖歌が,そして今度は陽気な調べが,小さい少年だったときに石鹸水から膨らましたシャボン玉のように,一つまた一つ,次々と聞こえました。
老人の目が窓に釘づけになりました。空の雲が一つすっと流れて行ったのです。そして老人は澄んだ空に,あの彗星を見ました。その輝いている核を,そのきらめく霧のベールを見たのです。
それを見たのは昨日の晩のことのようでした。そのときと今との間に人のすべての人生があるかのようでした。昔,子供だったときシャボン玉の中に「未来」を見ました。今はシャボン玉の中に「過去」が見えます。子供らしい気持ちも子供らしい信念も感じていました。目は輝き,手は鍵盤の上に沈みました。弦が跳ねるように音を立てました。
「見に来てくださいよ。彗星ですよ!」近所の人たちの呼ぶ声がしました。「空がこんなに晴れわたってる!見に来てくださいよ!」
老いた校長先生は答えませんでした。先生は確かに彗星を見ようとその場を離れたのです―先生の魂が,彗星が空を横切って行く先よりも,もっと大きな方へ,もっと広い空間へ,離れて行ったのです。
再び,彗星は目撃されました。りっぱな城からも,粗末な家からも,街の人々も,そして道のない荒野を行く孤独な旅人も。
そしてその男の魂を見たのは,神と愛する先立った人たち―その男が会いたかった人たちでした。

日文童话故事『裸の王さま』

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