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唯吾分享新选组血风录 12日文字幕,台词

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(永倉)三浦殿 こちらへ! (三浦休太郎)かたじけない! 慶応3年12月7日 新選組は 坂本龍馬暗殺の嫌疑を かけられた 紀州藩士 三浦休太郎を警固中に 踏み込んできた土佐の海援隊 陸援隊の一党と 激しい斬り合いとなった。 いわゆる天満屋事件である(土佐藩士)引け! (土方)斎藤! 深追いするな。 三浦殿は もう逃げた。 落ち着け。 (斎藤)俺達は 何をしてるんだ…。 斎藤。 たった1人を守るために このような犠牲を。京の町は混沌としていた。 この夜の出来事は 260年続いた徳川の世が ついに崩壊する事の 小さな予兆にすぎなかった(テーマ音楽) これは 幕末の世に 剣に生き 剣に散っていった 最後の武士達の物語である(近藤)この金は? (善右衛門)金 4千両 新選組に ご用立ていたします。 これだけの金を 黙って 受け取るわけにはいかん。 どういう事だ? 源平の争いの折 平家に代わって 京の都に 入ってきたのが 木曽義仲。 このお方 乱暴狼藉を繰り返しましてな えらい 皆の恨みを 買うたそうでございます。 その義仲を討つために 義経が 都へと入った。 はあ。 義経様は 義仲とは違うて 都の騒乱を鎮め 法皇様の御意を得て 判官という位を与えられました。 その事が 後に 頼朝公の逆鱗に触れた。 はい。 義経様も 都を去られました。 この金は 私どもだけが 用意したわけではございません。 伊勢屋 丹波屋 瀬戸屋など 京の大店が 出し合うたもんでございます。 もう いい。京の都を 火の海にはしとうない。 それが 私ら 商人の願いでございます。そうか。この金は ありがたく持ち帰る。 ただし 借用するという事で。 直ちに 証文を届けよう。 いや 証文など…。 善右衛門。 ありがたく お借りする。 世話になったな。篠原泰之進 そして 阿部十郎。 彼らは 新選組と袂を分かった 御陵衛士の生き残りであり 新選組に 激しい敵対心を 持ち続けていた (阿部十郎)伊東先生が斬られた あの日 京を離れていなければ 俺が 近藤を しとめてやったものを! 残念でならん。 (篠原)お前の鉄砲の腕を 軽く見ていた近藤や土方に 一泡吹かせてやれたのにな。 ああ。 機会さえあれば 近藤を 撃ち抜いてやる。 そして 12月9日 新選組にとって まさに 青天の霹靂とでもいうべき 事態が起こった 薩長を中心とする 武力討幕派の画策により 将軍 慶喜の政権返上と 江戸幕府の廃止が 天皇によって 宣言された。 世に言う 「王政復古の大号令」である (容保)面を上げよ。 京都守護職 ならびに 京都所司代も廃止になる。 これで 徳川家は 一切の政から遠ざけられる。 (広沢)薩長は 公方様の官位と 領地を没収しようとしてんだ。 それを拒めば 将軍家は 朝敵になるんだ。 朝敵? 二条城に 詰めておられる公方様も いずれ 大坂に お移り頂かねばなんねえ。 大坂に? 越前の春嶽殿 土佐の容堂殿 更には 尾張の慶勝殿まで これに同意した。 口惜しい事 はなはだしい。 将軍 慶喜公が いま少し! 殿! 殿は いかがなさいますか?! 近藤! よい。 近藤。 はっ! おぬし達は いかがする? 我ら 新選組 いかなる事があろうと 会津中将様と 命運をともにする 覚悟でございます! たとえ この京を去る事になっても あくまで戦い抜き 義は どちらにあるのか 天下に知らしめてくれましょう。 近藤 よう言うた。 おぬしの言うとおりだ。我らは 義を懸けた戦いに立つ。 そして 何としても 勝つ!ありがたきお言葉!(美代)新選組が 都から去る? ええ 近いうちに。 そないな事 うちには もう。 私は 世間話として お話ししただけです。 ただ…。 ただ? 新選組のために 明日 一席 設けるつもりでございます。 そうですか。 それだけでございます。 ほな。 ≪(豊)お嬢様。 豊 どないしました? (豊)自分にウソをついたら あかしまへん。 豊。 (豊)お嬢様を縛りつけるもんは 何もあらしまへん。 自分に ウソをついたら あきまへんえ。明日 料亭の濱清だな? (山崎)へえ 鴻池さんが そのように伝えてほしいと。 げせんな 今さら 宴席など。 歳 勘ぐるな。 鴻池は 商人だ。 無駄金を使うはずがない。 ふん 金か。 土方副長 今日 近藤局長の命で 先日 鴻池さんにお預かりした 4千両のうち 3千両をお返しいたしました。 京の町から出ていくのに 金を もらうわけにはいかんだろう。 全て返そうと思ったが 1千両だけは 餞別だと言って 頑として受け取らんらしい。 そうか。今 斬り込めば 近藤や土方の首を 狙えるかもしれぬが…。 いくら酔ってるとはいえ 多勢に無勢。 我らだけでは 近藤に届かぬ恐れがある。 今夜は 見送るか? うん。 みんな 聞いてくれ。 今宵 会いたい者がいれば この席を抜けて 会いに行ってもかまわぬ。 屯所へは 明日 巳の刻までに戻ればよい。 どうした? 遠慮するな。 そうそう ある事ではないぞ。(原田)それでは。 女房殿のご機嫌を伺うとしよう。 ごめん。俺も 失礼します。(井上)生真面目な男だと 思っていたが やる事はやっていたのかね。 ふん。 フフフ…。 (永倉の咳払い) 俺も失礼したいのだが。 永倉君 気兼ねはいらん。 ゆっくりしてこい。 はっ。 それでは。 (隊士達)失礼します。(沖田)君も酔狂な男だよ。 なにも こんな病人のところへ 戻ってこなくてもいいのに。 墓参りのついでですよ。 平助のか? ええ。 君は 隊を抜けるかと思っていた。 (斎藤)沖田さん。 うん? 俺には ここしか 居場所がない。 この新選組しか。 そうか。 でも 無駄には死なん。 たとえ 新選組が 無くなったとしても 俺は 生き延びてみせる。ならば 私の分も頼むよ。約束したよ。歳 お前に 客が来てるそうだ。 客? 美代さんだ。 鴻池が 奥の座敷に招いたらしい。 まあ 行く行かぬは お前の勝手だ。 ただ 悔いは残らないようにしろ。 (足音) ≪ ごめん。 お呼び立てして 申し訳ありまへん。 お別れを申し上げに参りました。 ああ。先日は 生意気を申しました。 「ずっと 独りで 生きていく」なんて。 でも 人は 助け合うて 生きていくもの。 支え合うて 生きていくもの。 その事に ようよう気付きましたんや。 そうか。 土方様のお役に立てた事 うちは 誇らしい思うております。 「会わへんかったら よかった」 なんて 口から出任せ。 うちは 土方様と出会えて 心より よかったと思うております。最後にお会いできて うれしゅうございました。美代。俺は お前と会ったあの日 初めて 人を斬った。 以来 自ら 鬼となって 近藤局長を支え 戦ってきた。 俺が この京の都で やってきた事は 果たして 正しい事だったかどうか。 それは 後の世が決める事だ。 美代 頼みがある。 はい。 俺を… この土方歳三が 新選組副長として 京の都でやってきた事を いつまでも 忘れないでくれ。 土方様。 時代が変わり 武士や町人達の暮らしも 変わっていくかもしれん。 ただ 俺という男が 生きていた事を。 それだけは いつまでも 忘れないでくれ。 美代にだけは いつまでも覚えていてほしい。 頼めるか?これが 最後の頼みだ。頼みなど もう聞きとうありまへん。頼まれんでも 忘れまへん。 誰が 忘れるもんですか! (美代)心から好いたお人を 忘れるなんて そないな事ありまへん。美代。 せやから よう お顔を見せておくれやす。俺も忘れん。 お前の事だけは 何があっても。また 必ず 都へ戻ってきて下さい。 うちのとこに帰ってきて下さい。そのような約束はできん。 戦場に出たら 死を賭して 戦う。 それが 武士だ。 ただ…。 ただ? どこで 何があっても 俺が 最後に目指す所は この都だ。 たとえ 這ってでも 俺は 美代がいる この都を目指す!土方様。それだけは 約束する。慶応3年12月14日 新選組は 薩長に包囲された京の都を 出立した。 近藤と土方が 江戸から 上京して 僅か5年後の事であったそして これが 美代の見た 土方歳三 最後の姿となったご出陣なされたか。12月16日 新選組は 討幕派との戦いに備え その最前線となる伏見に着陣した その2日後 二条城で 軍議を終えた近藤は 帰途 竹田街道の墨染に さしかかっていたどうだ? 撃てるか? 任せておけ。 この機を逃して なるものか。(銃声) (隊士1)局長! (隊士2)おのれ! 何者だ?! (隊士3)敵襲だ! 信じられん。 弾は当たったはずだ。 くそ!近藤さんは無事か? はっ! おお 歳か? 馬で戻ったと聞いたが? このケガで よくぞ 落馬しなかったものだよ。 何を言うか?! 日頃の鍛錬の賜物だ。 無理はなりません。 傷は深いのか? ああ。 ミニエー銃だ。 不覚にも 肩に 鉛玉1つ 食らった。 やはり 総司の言っていたとおりだ。 阿部十郎か。 恐らくな。 だが 鉛玉でも殺せぬと分かれば そうたやすくは 手出しはすまい。 案ずるな。さすが 近藤先生だ。 肩を撃たれても 落馬せずに戻ってくるとは。 総司 頼みがある。 嫌ですよ。 土方さんが 改まって言う時は 大抵 ろくでもない事だ。 でも 聞くだけ聞きましょう。 この伏見は 戦場になる。 ケガをした近藤さんを 大坂に移したい。 それがいいでしょう。 しかし 近藤さん1人では。 ふん フフフ…。 何がおかしい? 近藤先生にも 同じ事を言うのでしょう? 「病の総司を 大坂に移したい」ってね。分かりました。 近藤先生のお供をして 大坂へ行きます。総司。 足手まといは 嫌ですからね。これは 俺1人の考えではない。 皆の意見だ。歳よ。 いろいろあったな。 多摩の百姓だった俺達が 京へ上り このような戦いの渦中に 踏み込んでいく事になろうとは 思いもしなかった。 武士になったんだな。 俺も お前も。そうだな。 ≪(山崎)失礼します。 入れ。お持ちしました。 そこへ。開けてみろ。虎徹か。 そうだ。 鴻池からもらったヤツだ。 抜いてみろ。歳 こいつは お前が使え。 この虎徹を? しかし…。 俺の虎徹は あれ1つで十分だ。新選組を束ねるには 虎徹ぐらい持っとかんとな。近藤さん。 任せたぞ 歳。俺の分まで 戦ってくれ。12月20日 負傷した近藤は 沖田とともに 大坂へと移った 都に居座る賊軍と いずれ 雌雄を決する事になる。 我々 新選組は 僅か150名といえど 一たび 戦が始まれば この伏見から 一歩も引く事なく 敵を打ち負かすのみ! 俺とともに 戦ってくれるか? 何を 今更 水臭い事を。 もとより 近藤局長が不在の時は 土方さんが大将です。 この命 とうに「誠」の旗に 預けてある。 どちらに義があるか この戦いで見せてやろう。 決戦に向け 水杯を交わす! いざ! (一同)おう!慶応4年1月3日 鳥羽・伏見の戦い 勃発。 土方歳三が率いた新選組は 決死の戦いを続けたが 錦の御旗を掲げ 圧倒的な火力を 誇る新政府軍の前に 敗走を余儀なくされた井上源三郎 慶応4年1月5日 淀にて戦死。 享年 40山崎 烝 慶応4年1月 大坂から江戸へ向かう 富士山丸船中にて死去。 享年 35原田左之助 慶応4年5月17日 上野で 彰義隊の戦いに加わり 戦死。 享年 29永倉新八 その後 新選組と袂を分かつも 新選組の事を 後世に語り残し 大正4年1月に死去。 享年 77斎藤 一 後に 新選組隊長となって 会津戦争を戦い 大正4年9月に死去。 享年 72 明治2年5月 土方歳三の姿は 箱館 一本木関門にあった。 この時 土方は 榎本武揚を 総裁とする旧幕府軍に加わり 陸軍奉行並として 指揮を執っていた おい。 (市村)はい。 都が見えるか? 都でございますか? そうだ。 京の都だ。 いえ 方角は こちらで 間違いないですが 私には…。 そうか。 俺には見えるぞ。 (砲撃音) 始まったな。 はい。 (銃撃音) 臆するな。 俺達は武士だ。 (砲撃音) 誠の武士の戦いを見せてやる。むちゃです。 刀一本で斬り込むなんて。俺は武士だ。 刀で戦わずして 何で戦う?! はっ!や~っ!や~っ!(兵士)放て! (銃声) うわっ! ああ…。 お… おのれ…! うん! まだ まだ…。まだ 死なぬぞ。 心の声  さすが 土方さん。 総司。 沖田総司 江戸千駄ヶ谷の植木屋 平五郎宅で療養を続けるも 慶応4年5月30日に死去。 享年 27 心の声  歳 どうした? 近藤さん。近藤 勇 下総流山まで 転戦するが 捕らえられ 慶応4年4月25日 板橋の刑場にて斬首。 享年 35まっすぐ…。まっすぐ進めば 都へ…。都へ…。 心の声  空が… 青い。土方歳三 明治2年5月11日 箱館にて戦死。 享年 35(子供達の歌声) (市村)土方先生の生家がある 多摩に行き それから 随分と 京のあちこちを捜し回りました。 それは ほんまに ありがとうございます。 でも まさか 土方様は 武士をお捨てに? それは違います。 むしろ 武士として戦い抜くために 髻を切り 美代様に 託されたのだと思います。 最後まで 武士として戦った その証しを 土方先生は あなたに 残されたのだと思います。 おおきに。 (子供のむずがる声) (豊)おことちゃん はいはい おめめが覚めましたか? よしよし お母ちゃん あっちに 居ますえ。 ほら お母ちゃん。 ほら いい子 いい子。 はいはい お母ちゃん。 ああ いい子やな。 おことちゃん。どないぞ しましたんか? 娘さんの目。 えっ?あっ いえ。 失礼いたしました。 では 私は これで。あかん これは。 これは 武士の魂。 いつか 話ししたげる。「あなたはどうして」 「そんなにおだやかに 生きれるのだろう」 「あなたの空気を」 「思ってみるだけで 胸がはりさけそう」 「憎しみ合う事より 許し合いたい」 「せつなさむなしささえ 抱いて生きる」 「あなたが居なくなる事は あり得ない」 「あなたを見失えば 世界の終わり」